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立畠響介と音楽 Part1

僕は音楽が大好きなので、音楽についてちょっと書いてみようと思います。

僕の名前は「響介」ですが、どうやら両親は僕を生む前から名前に「響」の字を使う予定にしていたらしいです。理由はもちろん、音楽をやらせるためだったそうです。
1998年1月20日、無事にこの世に生まれ、生まれてしばらく経ってから、英語の歌のCDを聞いていたそうです。(英語もできるようになって欲しかったそうです。)いつも真似して歌っていたそうなのですが、発音はめちゃくちゃだったそうです(日本語もままならないので当たり前ではありますが)。

4歳になり、両親にヤマハ音楽教室へ連れられ、ピアノを習うようになりました。…が、この時期は練習もろくろくせず、音楽に親しむ、と言った程度でした。ヤマハでは幼稚園の2年間と小学校6年間、合わせて3人の先生方にお世話になり、今、僕が音楽をやっている基礎の基礎の基礎の基礎の基礎を作った時期だったと思います。


小学校を卒業し、もちろん中学校へ入学しました。吹奏楽部に入ろうと思っていたのですが、僕の通っていた中学校は、「コンクールで上の大会に出るような強豪校で、練習もきついし、指導も厳しいし、遊ぶ時間なんて全然ない」と聞き、入部に関しては大きな悩みがありました。しかし、部活見学の時の先輩の熱意に惹かれ、なんだかんだ言いながら入部を決断しました。

もちろん、この決断は大正解でした。素晴らしい先生や先輩と出会い、楽器の手ほどきを受け、本当の音楽の楽しさを学びました。本番も多く、噂通り忙しくてキツい部活で、それによって失ったものや諦めたものもたくさんありましたが、それとは比べ物にならないくらい多くのものを得ることが出来ました。

入部してすぐ、1年生はリコーダーと腹式呼吸の練習をするのですが、テストがなかなかシビアでなかなかクリアするのが困難でした。入部して1ヶ月ほどでやっとパートが決まり、サックスパートの一員となりましたが、最初の1ヶ月の練習はマウスピースとネックでひたすらロングトーン……7月くらいからやっと楽器を吹くようになりましたが、やはりここでもロングトーン……先輩も1年生にかまっている暇など無く、さすがに挫折しかけましたが、「ここを乗り切れば先輩みたいに吹ける!」と自分に言い聞かせ、必死で先輩の後を追いました。
8月のコンクール前の合宿で、(とはいえ1年生はコンクールに出ないのですがw)初めて楽器をもって人前に出ました。伝統のソロコンらしく、1年生が本番を体験することが目的だそうです。そのときに吹いた「Take Five」は今でも思い出として鮮明に記憶に残っています。

Part2に続く


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立畠響介(たてはたきょうすけ)

Author:立畠響介(たてはたきょうすけ)
1998年1月20日生まれ。現在吹奏楽部で主にソプラノ、アルトサックスを担当。あまりの多趣味ゆえに大抵の趣味は中途半端に終わる傾向あり。

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