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なんで「勉強」なの?

僕は今、試験期間中で、もちろん人並みに勉強するのですが、行き詰まってくるといつも必ずこんなことを考えてしまいます。


「なんで今勉強してるんだろう…」


でも、高校生になってやっと学んだのか、こんなこと考えたって無駄なんです。学生は勉強しなきゃダメなんです。勉強なんて将来役に立つものでもありません。でも何か納得行かない。最後に答えを出してみようと思います。

ではなぜ学校では勉強を教えているのでしょうか??
自分なりに出した答えですが、勉強が一番、「教材として最適」なんだと思います。きっと私たちは、先生から習ったことだけでなく、「勉強から」いろいろなものを学んでいるはずです。努力はいつか実る。本番へ向けて準備が肝心だ。計画を立てて物事を進める。…などがパッと思いつくあたりでしょうか。「こんなこと、先生が直接子どもたちに教えれば済む話じゃないか」と思う人もいるでしょう。しかし、子どもたちがなんの体験も無しにこれらのことを本質的に理解することはできるのでしょうか?僕はできないと思います。

勉強は、皆に平等です。正しく努力すればその分成果が帰ってきます。もちろん、現実社会では例外もありますが、努力は一般には、必ず実ると信じられています。また、皆に平等であるがゆえに、勉強は「努力のものさし」として最適です。だから、テストというのは、勉強の成果、つまり、その人がどれだけ努力してきたか、ということを測る絶好の機会なのです。

そのテストに向けて、私たちは大いに努力することでしょう。綿密な計画を立て、そのとおりに勉強をする人もいれば、大雑把な計画で勉強する人もいるでしょう。でも、あくまで経験則ですが、そのどちらにも、成果をあげられる人とそうでない人が混在しているように思われます。そうなんです。計画するかしないかが問題ではないんです。そのやり方(計画の有無も含めて)が自分にとって正しいのかどうかが問題なんです。そういう「自己判断」をするのに勉強はもってこいだと思います。

どれだけ勉強しても、本番で成果を出せないという人もいることでしょう。生きていれば、「この日に自分の最高の状態を持っていかないといけない!」といった日がいつか来るはずです。(僕は実際働いている立場ではないので詳しくはわかりませんが)テストだってそうです。勉強だけに関して言えば、私たちはテスト当日に最高のパフォーマンスを発揮すべく勉強をするのです。そのために、どのようにペースを配分するのか…と言うのは非常に難しい問題で、これはなかなか身につきません。勉強はこの点でも、「本番の練習」として最適なんです。


「努力のものさし」、「自己判断の材料」、「本番の練習」…以上の3つを満たしているものが勉強のほかにあるでしょうか?勉強よりももっと良い教材などあるのでしょうか?少なくとも僕は思いつきません。そして国の偉い人達も未だに思いついていないのです。だから私たちは学校へ行き、勉強という「教材」で学ぶのです。
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プロフィール

立畠響介(たてはたきょうすけ)

Author:立畠響介(たてはたきょうすけ)
1998年1月20日生まれ。現在吹奏楽部で主にソプラノ、アルトサックスを担当。あまりの多趣味ゆえに大抵の趣味は中途半端に終わる傾向あり。

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